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東北地方太平洋沖地震
ニュージーランドの大地震の惨事の模様が未だ目に焼き付いて離れず、同時に現地の安否の状況も希望的なことはこれ以上期待できないであろう中、わが身に置き換えてしかるべき大地震に備えて自分が出来ること、皆ができること、心がけておくべきことなど、気持ちを引き締めて私もこのブログでは身の回りの出来る備えとしてご自宅の棚の上の整理や、家の中の安全な場所の確認などの呼びかけを記事した矢先の先日、11日午後2時46分頃
震度7・マグニチュード9ともいわれる国内史上最大級最悪の大地震が東北地方太平洋側を突如襲いました。
東北地方の人はもちろん、関東地方でも皆さん突然来た大きな揺れにそれぞれ怖い思いをされたことと思います。
この地震、震源はかなり深いということで実際の体感震度もさることながら、最大の被害は地震そのものよりもその直後に起きた大津波が想像や予測をはるかに超える広範囲の市町村を襲ったことですが、1日〜2日と経過するにつれ、ますますその被害状況の酷さが明らかになってきました。
全ての報道がこの状況をライブで伝えているので為す術もなく壊滅状態の被災地の様子をテレビ画面で見ながらただただ茫然としてしまいます。
本当にこれが現実なのか?と目を疑うような津波が町全部を一瞬で飲み込んでしまう様子、形あるものがあっという間に瓦礫と化す家屋、まるでオモチャのように転がされ、流されていく船、電車、自動車・・・・
地獄絵なんて表現では語れない現実を観て言葉を失うばかりです。
私はといえば、その時間は仕事先から事務所へ戻る電車の車中でした。
昼過ぎの一仕事終えた安心感に空いた車中でウトウトしかけた矢先、いきなり座席から尻が浮いたと思ったら横転するのではないかと思うほど揺れながら急停車しました。
停車後も車両はグラグラと揺れ続け、車窓からは家の屋根や電柱が激しく揺れているのが見え、下に目をやるとドブ川の水が左右にチャプチャプと跳ね上がっており、すぐにただ事でないと感じました。
車内では適切なアナウンスで状況の説明があるので乗客は誰も慌てることも無くじっと冷静に落ち着くのを待ちました。
しかし、当初は復帰目処まで1時間くらいというアナウンスでしたが、その間に再び大きな余震が数回あり、これはまともに帰れなくなることを冷静に察知しました。
まずは家族にメールしておきます。
けっきょく都内全ての交通がストップしたとなると自分の乗っている電車も動くはずもなく、乗客は全員先頭車両から降りて次の駅まで線路を歩くことになりました。
まさか、こんなことになるとは・・・
車内は立っている人などいないほどガラガラでしたが、それでも電車というのは一か所の出口から降りるとけっこうな人数が乗っているものです。
不謹慎かもしれませんが、こんな経験めったにありません
こんな形で線路を歩いたのは初めてのことですが、幸いにも駅からさほど遠くないところで止まった為、無理なく歩けました。(京王線つつじが丘駅)
駅まで比較的近かったのは不幸中の幸い?
しかしこの後、運転再開の目処が全くわからないまま駅で待つことになるのですが、振替運転のバスが出るわけでもなく、どうやって帰るか?いや、帰れない場合はどうするか?を各々が自分で考えなければなりません。
私のとった行動はというと少しでも家に近づこうということで、途中でバスが動いて運よく乗ることができたのでまずは次の大きな駅である調布駅を目指しました。
この時点で19:00過ぎ・・・ 駅前はすでに足止めを食らった人に仕事を終えて帰宅する人が加わり大混雑していました。
電車は全く運転再開の目処が立たない状態で道路もすでに大渋滞で自動車は動けない状態でした。
駅前の商業施設は安全確認の為として全て閉めてしまっています。
しかし、冷静に考えると停電していない為、街明かりは平素と何ら変わらないのです。
おまけに半分以上の飲食店や娯楽店は営業しているのです。
そのせいか?街の人の多くは不安感よりも交通がマヒしたことの不満を訴える声が多く、何とも危機感の無い様子でした。
私もここでしばらく様子をみる以外なく、駅前の店はすでに満杯の状態だったので、少し離れたファミレスでゆっくりと座ってお腹を満たすことができました。
その時はまさか東北地方が大津波に襲われているとは夢にも思わず、それよりもこの地震の時間が帰宅ラッシュ前であったことが返って幸いしたかもしれないなどと考えていたのでした。
実際に日が落ちた帰宅ラッシュの最中に起きていたら都内は予想もつかない様な大パニックに陥っていたことでしょう?
妻とは連絡がとれて一安心、しかし、実家は回線混雑で電話が全く繋がりません。
かれこれ22:00近くになったので運転再開を期待して駅に戻りましたが残念ながらまだストップしたままでした。
こうなると都心で仕事をしている人たちは無理に帰ることよりも動かずに一泊することに割り切れたことでしょうが、途中何度かかかってきた友人たちの電話によるとコンビニなどは閉まっているか、または食料品が売り切れ状態だったそうです。
私はとにかくあまり深く考えないで行ける所まで休みながらでも歩くことにしました。
タクシーは全て回送となり長い列の乗り場で待つ以外は乗ることができません。
調布を出て最初の駅である京王多摩川駅まではさほど遠くありません。
しかし、ここから先、多摩川を渡るのがけっこうしんどいのです。
と、そこで本当に運良く?ホームに停車していた電車から運転再開予定とのアナウンスが流れました。
かくしてさほど歩くことも無く、私は何とか無事に電車に乗ることが出来、多摩センター駅まで無事に到着することができました。
多摩センター駅も足止めを食らった人たちで溢れかえっていたのですが、けっこうな人数の人はかなり酔っぱらっていました。
こんな時にでも悪ふざけしていきがっている若者たちを観ると情けない気持ちになりますが、どうやら皆さん帰宅の途につけてホッとしました。
さぁ、真っ先に事務所へ戻ります。
7階まで上がるエレベーターの中は緊張します。
玄関を開けるとカサ立てが倒れていました。
そして・・・
まぁ、大体の予想通り、書棚の中の本類と植木鉢が落ちていました。
さぁ、とにかくかたずけなくては・・・ そして一段落してTVをつけて状況を確認します。
そこではじめて東北地方の悲惨な状態を知り、言葉を失いました。
そして我に返り、管理しているマンションの設備関係を確認します。
(遠隔監視システムと監視カメラで確認することができます)
特に異常無いことを確認の上、夜中でもオーナー様には連絡を入れます。
こうして帰宅したのは2時過ぎになりましたが、こうして帰ることが出来ただけでも十分に恵まれています。
自宅の中は全くといえるほど何事もありませんでした。
ただ、風呂を入れたら何故か湯が入浴剤を入れたような緑系の水が出ましたが、これが地震の影響かどうか?また他の世帯でも同様なことが起きているかはわかりません。
管のサビが出た色ではないことは明らかで少々不気味でしたが疲れていたのでこのまま入りました
線路を歩いている時は自分はかなりの被害者みたいな気分になったこともTVでみた東北地方の状況を観れば何でも無いこと、まして足止め食らった時間をレストランで温かい食事が出来た人間が被害にあったとはとても言えなくなりました。
翌日は早朝から管理しているマンションをはじめ、今請け負っている現場や心当たりのところの確認に回り、その後はお客様宅に電話やメールで無事を確認してようやく落ち着きました。
さて、東北地方については私がここで書くまでも無く、その状況は全ての報道でライブで伝えられているので、あとは一人でも多くの人の安否が分かり、助かる人がいてくれることと、避難して不自由を強いられている人たちに少しでも支援の手が延べられることを祈るばかりです。
さぁ!では、無事である私たちは今何をどうするべきか?
といえば、キレイ事は抜きにして、まずは現状の自分の身の周りの安全を確認確保すること。
家財・家具に危険が無いように再度整理整頓してください。
そして身内・親類・知人などとの緊急の連絡網を確認しておくことも大切です。
あわてることなく横つながりで連絡がまわるようなルートを決めておくと良いでしょう。
そして人の為にできることとしては、もちろん直接形になるようなことができれば良いのですが、現実は現地で何かを手伝うなんてことは出来ません。
まずは不自由を強いられている人たちを想ってせめてできる事として節電や燃料節約などの協力に努めましょう。
そしてスーパーマーケットなどのお店では物流が止まって品薄の状態に加え、飲料や保存の利く食料などを中心に買い貯めによる品切れが続出しているそうです。
まずは自分の身の周りの安全を確保することは大事ですが、自分さえよければ良いという行動は慎みたいものですね。
あと、今、政府をはじめ色んな機関が必至で対処対応しています。また、自衛隊・警察・消防などが一丸となって必死で救助活動を行っています。 報道などで観てこれらに色々と不安や困惑があったとしても不平・不満を抱かず、せめて心の中で応援していく気持ちを持ちたいものです。
この分ですと、今後更に被害状況が明確にわかり、その数は急増することは誰もが想像つきます。
被災地の人の身を思いやる気持ちをもつことで、皆がせめて自分ができる最小限の協力をすることで少しでも力や励みや潤いにつながることを願いたいと思います。



